【映画レビュー】17歳のカルテ

「夢と現実が混乱したことはある?お金があるのに万引きしたり、理由もなく落ち込んだり、現実と実感がずれていたり。私が異常だったのか、60年代のせいか、ありがちなただのつまずきか・・・。」

「60年代のせいか…」

この冒頭の主人公のセリフが妙に気になり、衝撃的でした。

何かに苛立ち上手くいかな事がある時、生きにくいと感じた事があるのではないでしょうか?
物やサービスが飽和状態の現代。

この世の中は色々なモノで溢れかえっています。

そんな現代だから価値観もさまざま。

学校や職場のような様々な環境があれば、様々な人々で交差している。

その中の「自分」。

「私は何しているんだろう」
「私は何のために生まれてきたのだろう」
「私は何者なんだろう」

そんな自分への問いが行き詰った時に「時代」のせいにします。

「不景気な世の中だから」

「こんな時代だから」…と。

 

では「60年代」舞台はアメリカ。
どんな時代だったのでしょう?

今日は「思春期病棟の少女たち」の著者スザンナ・ケイセンの実話を元にした映画

「17歳のカルテ」のレビューを紹介します。

17歳のカルテ

出演: ウィノナ・ライダー
監督: ジェームズ・マンゴールド
形式: Color, Dolby, Dubbed, Subtitled
言語: 英語, 日本語
字幕: 日本語, 英語
リージョンコード: リージョン2 (このDVDは、他の国では再生できない可能性があります。詳細についてはこちらをご覧ください DVDの仕様。)
画面サイズ:1.66:1
ディスク枚数:1
販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2007/07/25
時間:127 分

内容紹介
探しに行こう 心にできた隙間をーー埋めてくれる何かを。
【ストーリー】スザンナは自殺するつもりではなかった。何かに苛立ち、何かが不安だった。娘に手を焼いた両親は、精神病院への入院をスザンナに勧める。そこで“境界性人格障害”と診断された彼女はエキセントリックな患者リサと出会う…。引用:Amazon

冒頭シーンは自傷行為を行った主人公であるスザンナ・ケイセンが病院にて処置を受けるシーンから始まる。

この映画は「境界性人格障害(ボーダーラインパーソナリティディスオーダー)」をテーマにした数少ない映画です。

著者であるスザンナ・ケイセンが境界性人格障害と診断され、精神病棟で過ごした日々を元に映画化となった作品です。

主人公スザンナ・ケイセンを演じたウィノナ・ライダーも境界性人格障害だった為、演じる事を強く希望したと言う有名な話があります。

日本では認知が少ないにしろ境界性人格障害と戦っている人はいます。

しかし、アメリカでは割と認知度が高いのは「17歳のカルテ」が世に広まったからでしょうか。

この精神病棟では境界性人格障害であるスザンナ・ケイセンの他に多くの少女たちが生活を共にしています。

虚言症、拒食症、摂食障害…中でも存在感が大きかったのは反社会性人格障害の「リサ」。

演じたのはアンジェリーナ・ジョリーです。

アンジーが一躍有名になったのは、この作品がキッカケとなったと言ってもいいでしょう。

圧巻の演技です。

それは主役ウィノナ・ライダーをも飲み込んでしまうくらいの存在感だったと言えます。

「反社会性人格障害」を演じたという事で、それはそれは激しいです。

ルールなんてクソくらえ!指摘されたくない繊細な部分にズカズカと入り込み攻撃する…

そんなリサですが、強く残酷な面に反し、瞳の奥はどこか怯えていて、弱さを感じます。

パサパサなブロンドに、あれた唇。

アンジーは全身で「リサ」を演じているのです。

スザンナはそんなリサに戸惑いを感じながらも、強く惹かれていくのです。

境界性人格障害の特徴で「女友達」を作りにくい性格をしています。

そんなスザンナだからこそ、リサのズカズカと踏み込んでくる性格に惹かれていったのかもしれません。

17歳のカルテのスゴイところ

「私は異常なのか…」

「一般的に」
「普通は」

こんな言葉で自分を押さえていないだろうか?

スザンナは、まさにそれと戦っていたのです。

正常と異常は隣あわせだと言う事。

私の「正常」が、アチラでは「異常」なのか?

私のこの気持ちは「正常」なのか?それとも「異常」なのか?
ああ、ここに入院しているという事は、私は「異常」なんだ。

自分の物差しと世間の物差しは必ずしも同じではない。

世間の「異常」が此処(精神病棟)では「正常」だったりする。

そこに慣れてしまうのがコワイんじゃなくて、自分の感情が世の中に追いついていかないのがコワイのだ…という事を考えさせられる作品です。

たしかに自分の感情や思考が環境によって「正常」なのか「異常」なのか

自分で駒を置いてしまう。

そして、その環境に慣れてしまえば「正常」にも「異常」にも成り得るのです。

しかし「ちがう!私はこんなんじゃない!」と思う瞬間があるから、人は葛藤するのです。

それが思春期の少女だったらどうでしょう?

自分と戦って、周りと戦って、それでも「異常」だとレッテルを貼られてしまうのです。

それを言葉少なく演じたのがウィノナ・ライダーでした。

この映画は「異常」から見た「正常」を描く事で人の、特に思春期の少女たちのアイデンティティというモノを深く考えさせられる作品となっています。

「60年代のせいか…」

さて冒頭の「60年代のせいか…」という事でアメリカの60年代はどんな社会だったのか?

60年代のアメリカでは、貧困や人種差別問題など、社会の分裂が鮮明になる。
ケネディ、ジョンソン両政権の下、戦後の経済覇権が揺らいだアメリカでは、各種の社会矛盾が国内対立を激化させた。
ベトナム戦争の長期化による財政赤字や戦死者の増大なども、アメリカ社会に大きな禍根を残していく。
引用:歴 memo

大人が生きるのも大変だったこの時代、少女たちのアイデンティティはそんな時代の渦中に流される、もしくは取り残されていたのだろう。

本作でも、スザンナの友人が徴兵されるシーンがある。

ベトナム戦争が深刻化していた時代だ。

まだ戦争にも行ってない徴兵された友達の事を「死ぬわ」と言っています。

まさに、そんな時代を生きた少女たちは「正常」か「異常」で分けられていたが、
じつは今にも壊れてしまうほど繊細で純粋だったのだと考える事が出来る。

ヒッピー文化が浸透した時代で、サブカルチャーの発展もこの頃からだとされています。

平和こそあるものの、サブカルチャーが発展し、目まぐるしく変動する世の中であることは現代の日本に置き換える事も出来るでしょう。

「フロリダにディズニーランドが出来る」そんなシーンを見られる事で、時代をリアルに感じられる部分も興味深い作品だと言えます。

ディズニーキャラクターに自分たちを例えるリサのセリフがキュートで印象的であり、レトロな雰囲気や精神病棟という環境にも関わらずキュートに感じる部分も入り込みポイントとなるでしょう。

私たちも自分と戦い、置かれている環境と日々戦っています。

そんな中自分のアイデンティティと向き合う事は少なくないはずです。

今、自分の心に葛藤している人
今、置かれている環境で悩んでいる人

自分がおかしいのか?

そんな風に考えてしまう人に是非見て頂きたい作品です。

境界性人格障害をテーマにした作品ですが…

しかしながら、少し残念なポイントは

境界性人格障害の症状が強烈に描かれていない部分です。

反社会性人格障害のリサを始め、個性的なキャラクターによってなのか
スザンナは視聴者から見ると「正常」です。

境界性人格障害の特徴を強烈に描く事が出来たのならば、もっと認知が高くなり

今まさにスザンナのように葛藤と戦っている人の救いになったのかもしれません。

そんな残念なポイントですが、これもじつはこの作品の「正常」と「異常」を描くうえでは重要なポイントなんですよね。

というのは、境界性人格障害は普通に社会生活ができ一見「普通」に見えます。すなわち「正常」です。

そういったリアルを描写できている点に加えて、この作品はスザンナの主観です。

「異常」からみる「正常」がテーマとなっているので、スザンナは限りなく「正常」なのです。

そういう部分も含めて、良くできた作品だなぁと深く感心します。

したがって境界性人格障害を知りたい人や、どんな症状なのか映画を通して学びたい人にとっては「資料」として不十分かもしれませんし、限りなく「正常」に映るでしょう。

ここに注目!

この映画を見る際にはここにも注目してください!

タイトル「17歳のカルテ」とありますが、入院手続きのシーンで「18歳」と言っています。

そこにはどんな意味がこめられているのでしょうか?

最後に、スザンナ・ケイセンに敬意をこめて

最後までお読み頂きありがとうございます。

この作品は筆者にとっても思い入れのある作品です。
私が「書く」事を仕事にしたのはスザンナ・ケイセンがいたからです。

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